ヤギとゆかいな仲間たち

りさヤギなりのまじめな思考から、周りで日々起こる1本ネジが外れた脱力系の出来事までを、飾らず繕わず、ありのままに記録しています。

モー父さんと長浜ラーメン。1



今日もご覧いただいて、

本当にありがとうございます(*^_^*)



ヤギの父さん、初登場です。

“ モー父さん ” はおサル母さんと違って取り立ててブログにあげるほどの内容がなかったので、これまで登場しませんでした。


父さんは去年の春先に亡くなり、ここのところヤギはお墓のことでいろいろ動いていました。


ヤギにとって、モー父さんとの『楽しい思い出』と呼べるものは特にないのだけど、

父さんをこれから先も感じられる場所となる小城(おぎ)町の、

不思議と心が穏やかになるのどかで優しい空気を吸いながら 糸島(いとしま)との間にある山を眺めていると、

モー父さんの不器用で優しかった部分だけがヤギの心の奥に残っているのを感じるようになりました。


何のオチもない内容だけど、思い出すとちょっぴり切なくなる・・・

モー父さんとの思い出はそんな感じです。

誰かに読んでもらうような内容では特別ないけど、ブログにしていくつか残しておこうと思います。




〜〜★〜〜




モー父さんは早寝早起き。

日曜日の朝ヤギが眠っていると起こしにきます。

長浜ラーメンを食べにいくためです。


ヤギは多分、モー父さんの誘いに “ ノー ” と言ったことがありません。

それが仕事に付いて行って一日中助手席に座って過ごすだけだとしても、父さんの仕事を手伝うことでも、魚釣りでも、親戚の集まりでも。

「やだなあ」とか「ぜひ行きたい」とかどちらの感情も持たず、ただ「うん」とおとなしく付いて行きました。

だから

『朝早い時間に起こされてラーメンを食べに行く』

という、あまり当たり前ではない状況でもやはり「うん」と付いて行ったのです。



長浜ラーメンは、ヤギが小学生だった頃、モー父さんとおサル母さんの職場が長浜にあったこともあって、その頃から時々父さんか母さんのどちらかと食べに行っていました。

当時は店舗ではなく屋台へ行きました。

家族揃って食べた記憶がないのは、父さん母さんの仕事のシフトが交代する時に連れて行ってもらっていたからです。

父さんと長浜まで行って、母さんとラーメンを食べて帰る、とか。



漫画に描いた様子はたしか、ヤギが高校生から20歳ぐらいの頃です。

父さんも母さんももう長浜での仕事は辞めていました。


長浜には魚市場があるからなのかな?

ラーメン屋さんが24時間営業だったのかどうかはわからないけど、朝早い時間にもラーメンを食べに来てる人が大勢いました。

駐車場にはタクシーもよく停まっていました。


お店のドアを開けると、店員さんの元気な声がいつでも飛んでいました。

メニューはラーメンのみなので、麺の固さだけ訊かれます。


通りに面した明るい店内。

少し傾いたセメントの床。

背もたれがなく座面が丸い小さな木のイス。


一人で来る人が多いので、店員さんの声以外には主に麺をすする音だけが聞こえます。


入り口に近いカウンターにちょこんと座っていると、すぐにラーメンが出てきます。


細い細い麺にあっさりした白濁スープ。

くずくずのチャーシュー。

真っ赤な紅しょうが・ねぎ・ごまは目の前に置いてあって、好みで入れます。

ごまは小さな容器に入っていて、ハンドルを回してすりごまにします。


(今現在はいろんなことが変わっているかもしれません)



ヤギはそのどれもが好きでした。






次回に続きます。

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